夏の甲子園が開幕しました。
開会式でグランドに立つ高校球児たちの姿を見ながら、今年の夏は、いつもと違う特別な思いがこみ上げてきました。
ユニフォームを着ること。
仲間と一緒に夢を追えること。
そして何より大好きな野球ができること。
その当たり前だと思っていた時間が、決して当たり前ではないことを知りました。
先日の熊本地震では、多くの方々が大きな被害を受け、今も復興への歩みを続けています。
そんな中で迎えた甲子園の開会式。
「野球ができる喜び」そんな言葉が心に残る。
球児たちの真っすぐな眼差しには、野球への感謝と支えてくれる、すべての人への想いが込められているように感じます。
今年の甲子園には、勝敗だけでは語れない、大切な物語があります。
高校球児が背負っているものは、三年間だけではない。
高校野球は、わずか数日間の大会ではない。
一人ひとりの選手が小さい頃からボールを握り、何度も失敗し、悔しい思いを乗り越えながら積み重ねた時間の集大成だ。
練習を支えてくれた家族。
指導してくれた監督や仲間。
応援してくれる地域の人たち。
そのすべてが、甲子園という舞台につながっている。
だからこそ、グランドに立てる喜びは、選手だけのものではない。
背番号をつけることができなかった選手。
応援席から声を届ける仲間。
そして見守る家族。
それぞれの場所で、それぞれの夏を戦っている。
今年の甲子園には、勝負だけでは語れない物語がたくさん詰まっている。
熊本へ届く希望と、甲子園が持つ力
震災意を経験した地域では、日常の大切さを改めて感じる瞬間があります。
家族と過ごせること。
仲間と笑えること。
好きなことに全力で取り組めること。
甲子園のグランドで繰り広げられる一球一球には、選手たちだけではなく、支えてきた人たちの想いも込められています。
勝利を目指して戦う姿。
最後まで諦めない姿。
仲間を信じる姿。
その姿は、被災地をはじめ全国の人たちに「前を向く力」を与えてくれます。
野球には、人の心を動かす力があります。
この夏、心に刻みたいもの
甲子園で優勝するチームは、たった一校です。
しかし、そこに向かって全力で挑むすべての球児たちに、それぞれの物語があります。
今年の夏、球場に響く歓声。
選手たちの汗。
その一瞬一瞬を、私たちは大切に見届けたいと思います。
野球ができる喜び。
仲間と戦える幸せ。
夢を追いかけられる時間。
それは、決して当たり前ではない宝物です。
熊本から届く想いを胸に、高校球児たちの熱い夏が始まります。
練習どころではなくなった高校球児も少なくないはずだった。
グランドに立てること。
仲間と声を掛け合えること。
ユニフォームに袖を通し、思い切り白球を追いかけられること。
それは決して当たり前ではない。
今年の甲子園には、そんな「当たり前の幸せ」を改めて教えてくれる力がある。
高校球児は、勝つためだけに野球をしているわけではない。
暑い日も寒い日も練習を重ね、時には悔し涙を流し、それでも仲間と前を向いてきた。
その積み重ねがあるからこそ、一歩一歩踏みしめる甲子園の土には特別な意味がある。
毎年見る光景のはずなのに、今年は特別な思いで、その姿を見つめた。
その光景は当たり前のようで、決して当たり前ではない。
心に残った言葉がある。
「野球ができる喜び」
その言葉は、ただ野球が好きだから嬉しいという意味ではない。
当たり前ではない日常、熊本地震
グランドに立てること。
仲間と汗を流せること。
夢を追いかける時間があること。
そのひとつひとつが、決して当たり前ではない。
先日の熊本地震。
突然、日常が変わった人たちがいる。
家族の無事を願い、不安な時間を過ごした方々がいる。
そんな中でも、前を向き、夢を諦めずに進む球児たちがいる。
全力でプレーする球児たちの姿を、私たちは心に刻みたい。
「野球ができる喜び」それは、平和な日常の中で忘れがちな、大切な宝物なのだから。

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